その発言をしたのは、誰だったのか。
のちに議事録を確認しても、発言者の名前は残っていなかった。 音声記録には、たしかに声が入っている。 しかし、その瞬間だけ、全員が同時に咳払いをし、 空調音が大きくなり、右手袋のササキさんが画面の前を横切った。
「酸素も、残高管理できますよね?」
ステーション内の空気が、物理的ではない意味で凍った。
月森レイは、ゆっくり顔を上げた。 彼女の表情は、怒ってはいなかった。 怒っていないからこそ、怖かった。
「酸素は、残高管理しません」
ダイチはすぐにうなずいた。
「しません。絶対にしません」
ミノルも、枕司令官を抱えながらうなずいた。
「司令官も、しないと言っています」
地球側の黒川管制官は、目を閉じた。 監査は終わったはずだった。 しかし、どうやら第2監査が必要かもしれなかった。
線を引く
ダイチの台帳は便利だった。 スナック、工具、テープ、黒ペン、通信時間、掃除当番。 それらは、共同生活の中で「返す」「借りる」「覚えておく」ために役立っていた。
しかし酸素は違う。 水も違う。 電力も違う。 生命維持に関わるものは、貸し借りの対象ではない。 誰かの残高になってはいけない。
レイは、白い紙に太い字で書いた。
酸素
水
電力
医療用品
生命維持装置
人の尊厳
最後の一行を見て、ダイチは少し黙った。 それから、静かに言った。
「その項目は、最初から入れておくべきでした」