ダイチは、その紙を最初に笑った。
宇宙銀行、エアロック横ATM、苺先物、酸素残高。 ここまで来れば、多少の紙では驚かない。 それに、メモ用紙に書かれた「月面一区画」が、 本当に何かを意味するはずがない。
だから、彼は何気なく言った。
「これは、台帳に入れなくていいですね」
その瞬間、ミノルが顔を上げた。
「待ってください。月面一区画って、どのあたりですか?」
レイは、静かに目を閉じた。 彼女はこの流れを知っていた。 誰かが冗談を見つける。 誰かが意味を与える。 ダイチが台帳に入れる。 黒川管制官が眠れなくなる。
黒川の声が、数秒遅れて地球から届いた。
「その紙を、すぐ画面に映してください」
紙は資産になるのか
メモ用紙の内容は、こうだった。
本紙を持つ者は、月面一区画について、夢を見る権利を有する。
面積:気分による
場所:月のいい感じのところ
期限:人類が飽きるまで
発行者:読めない署名
黒川管制官は、画面の向こうで額を押さえた。
「権利書ではありません」
ミノルは言った。
「でも、夢を見る権利はあります」
レイは、少しだけ笑った。 ダイチは、その笑いを見て、台帳を閉じた。 今回だけは、記録より先に考える必要があった。