右手袋のササキさんは、佐伯ミノルの右手袋だった。
厳密に言えば、手袋は話さない。 しかし、ミノルが一人勤務のあいだに開いた臨時会議では、 レンチ隊長、枕司令官、醤油博士と並んで、 ササキさんは「コンプライアンス担当」として出席していた。
その役割は明確だった。
「未承認です」
ササキさんは、何にでもそう言った。 少なくとも、ミノルにはそう聞こえた。
なぜ、いつも反対なのか
ダイチは、最初ササキさんを少し苦手にしていた。 台帳に新しい項目を作るたびに、ミノルが右手袋を持ち上げて言う。
「ササキさんが、未承認と言っています」
宇宙銀行の利用規約。 エアロック横ATMの張り紙。 フリーズドライ苺の価格表。 月面支部の準備室。 どれも、ササキさんは未承認だった。
だが、酸素残高事件のあと、ダイチは気づいた。 ササキさんの反対は、ただの邪魔ではない。 笑える冗談と、超えてはいけない線のあいだに、 いつも手袋一枚分の距離を置いていた。
レイは、静かに言った。
「ササキさんは、たぶん正しいです」
ミノルは誇らしそうにうなずいた。
「本人にも伝えておきます」