EPISODE 08

右手袋のササキさん。

すべてに反対する、オービット・ハウス最小のコンプライアンス担当。 ただの右手袋だったはずのササキさんは、いつの間にか誰よりも正しいことを言っていた。

右手袋のササキさんのキャラクターアート
MISSION LOG

反対する手袋が、
いた。

右手袋のササキさんは、最初から厳しかった。 宇宙銀行にも反対。エアロック横ATMにも反対。 酸素残高には強く反対。月面支部にも当然反対。

ミノルは、その姿勢をこう説明した。

「ササキさんは、反対することで全員を守っています」

コンプライアンス担当の浮かぶ手袋

右手袋のササキさんは、佐伯ミノルの右手袋だった。

厳密に言えば、手袋は話さない。 しかし、ミノルが一人勤務のあいだに開いた臨時会議では、 レンチ隊長、枕司令官、醤油博士と並んで、 ササキさんは「コンプライアンス担当」として出席していた。

その役割は明確だった。

「未承認です」

ササキさんは、何にでもそう言った。 少なくとも、ミノルにはそう聞こえた。

なぜ、いつも反対なのか

ダイチは、最初ササキさんを少し苦手にしていた。 台帳に新しい項目を作るたびに、ミノルが右手袋を持ち上げて言う。

「ササキさんが、未承認と言っています」

宇宙銀行の利用規約。 エアロック横ATMの張り紙。 フリーズドライ苺の価格表。 月面支部の準備室。 どれも、ササキさんは未承認だった。

だが、酸素残高事件のあと、ダイチは気づいた。 ササキさんの反対は、ただの邪魔ではない。 笑える冗談と、超えてはいけない線のあいだに、 いつも手袋一枚分の距離を置いていた。

レイは、静かに言った。

「ササキさんは、たぶん正しいです」

ミノルは誇らしそうにうなずいた。

「本人にも伝えておきます」

MANGA SEQUENCE

その手袋は、
だいたい反対した。

右手袋のササキさん
PANEL 01

未承認。

その一言で、会議の温度は下がる。 しかし、事故の可能性も下がる。

「未承認です。かなり未承認です」

右手袋のササキさんの全身キャラクターアート
PANEL 02

反対には、
理由があった。

ササキさんが止めたものは、あとで見るとだいたい危なかった。 ケーブルの位置。台帳の言葉。張り紙の名前。冗談の境界線。

「だめなものは、だめです」

端末に表示される警告とコンプライアンス注意

COMPLIANCE CASES

ササキさんが止めた、
主な未承認案件。

CASE 01

エアロック横ATM

ただの箱をATMと呼ぶ案に反対。 理由は「誤認を生むため」。 地球側の法務より早かった。

「箱は箱です」

CASE 02

酸素残高

生命維持資源を残高管理する発想に強く反対。 これは全員が同意した。

「酸素はみんなのものです」

CASE 03

月面支部

枕司令官の月面支部設立準備室に反対。 理由は「準備室という言葉が準備されすぎているため」。

「夢としてなら可。組織化は不可」

地球側、
ササキさんを評価。

黒川管制官は、最初こそ困惑していた。 右手袋をコンプライアンス担当と呼ぶこと自体が、 かなり説明しにくかったからである。

しかし、記録を読み返すと、ササキさんはいつも重要なところで止めていた。 エアロック横ATMの誤認。酸素残高の危険な表現。 空調フィルターをふさいでいたケーブル。

「この手袋、意外と監査向きです」

「手袋を監査員にしないでください」

困り顔のミッション管理局担当者

SCRIPT SAMPLE

第8話、
名場面。

SCENE

居住区画・第4回臨時会議

ミノルは、右手袋のササキさんを小さなクリップで壁に固定している。 横にはレンチ隊長、枕司令官、醤油博士。 画面の向こうでは黒川管制官が額に手を当てている。

ミノル:「本日の議題は、月面支部の備品購入です」

ササキさん:「未承認です」

ダイチ:「まだ何も言っていません」

ササキさん:「言う前から未承認です」

レイ:「その判断は早いですが、今回は正しいです」

黒川:「地球側も同意します。ただし、手袋の発言としては記録しません」

未承認!

SASAKI STATUS

右手袋のササキさん・確認表

正式名称 右手袋
呼称 ササキさん
役割 コンプライアンス担当
口癖 未承認です
法的権限 なし
実務的価値 かなり高い
OFFICIAL NOTE

ミッション管理局より

右手袋のササキさんについて、正式な乗員、役職、監査員、 法務担当としては認めない。ただし、ササキさんの反対により 危険な表現や配置が見直された事実は評価する。

「未承認ですが、有用です」

地球窓の前で静かに座る佐伯ミノル
HEART

反対は、
守るためだった。

ミノルがササキさんを作ったのは、 誰かを困らせるためではなかった。 一人で考えすぎると、楽しい案と危ない案の境界が ぼやけることがある。

そのとき、心の中に一人だけ「待って」と言う役が必要だった。 ササキさんは、その声だった。

「自分を止めてくれる自分も、必要なんです」

枕司令官のキャラクターアート

枕司令官、
権限を主張。

ササキさんが評価されたことで、 枕司令官も自分の役職を正式化しようとした。

「休息担当最高責任者として、承認印が必要です」

その瞬間、ミノルの右手袋がふわりと浮いた。

「未承認です」

枕司令官とササキさんのあいだに、 オービット・ハウス初の役職争いが生まれた。

未承認のまま、役に立つ

最終的に、ササキさんは正式な役職にはならなかった。

黒川管制官は、そこだけは譲らなかった。 右手袋を正式なコンプライアンス担当として記録することはできない。 それは、地球側のシステムが受け付けない。

しかし、議事録の備考欄には、こう書かれた。

備考:
乗員間の安全確認、表現確認、生活改善台帳の境界確認において、 「ササキさん」と呼ばれる内部確認プロセスが有用である可能性がある。

ダイチは、その文章を見て言った。

「内部確認プロセスになりましたね」

ミノルは、右手袋を見た。

「ササキさん、出世です」

レイは静かに言った。

「出世ではありません。言葉が安全になっただけです」

それでも、ミノルは嬉しそうだった。 ササキさんは、何も言わなかった。 ただ、少しだけ壁にきれいに固定されていた。

OFFICIAL NOTICE

ササキさん運用方針

右手袋のササキさんは、正式な役職、乗員、監査員、法務担当ではない。 ただし、危ない言葉、危ない配置、危ない冗談を止めるための 内部確認プロセスとして、その存在を尊重する。

「未承認のまま、役に立つこともあります」

NEXT EPISODE

次回、
地球窓の夜。

Mission Log: ササキさんは正式役職ではない。だが、誰も彼を無視できなくなった。