EPISODE 09

地球窓の夜。

宇宙銀行、エアロック横ATM、酸素残高、月面権利書、右手袋のササキさん。 騒ぎのあと、オービット・ハウスには久しぶりに静かな夜が来た。

地球窓の夜の静かな漫画アート
宇宙ステーションの窓から地球を見る静かな夜
MISSION LOG

その夜、
誰も台帳を開かなかった。

生活改善台帳は閉じられていた。 エアロック横の箱にも、もうATMとは書かれていない。 酸素は酸素のまま、月面一区画は夢のまま、 ササキさんは壁にきれいに固定されていた。

そして乗員たちは、地球窓の前に集まった。

「今日は、何も決めない夜にしましょう」

オービット・ハウスには、地球窓と呼ばれる窓がある。

正式名称ではない。 だが、誰も正式名称で呼ばなかった。 そこから見える地球は、画面よりも静かで、写真よりも近く、 それでいて、手を伸ばしても絶対に届かない。

その夜、最初に窓の前に来たのはレイだった。

彼女は何も言わずに、窓の近くに浮かんだ。 そのあとダイチが来た。 端末を持っていなかった。 それだけで、少し珍しかった。

最後にミノルが来た。 枕司令官を抱えていた。 右手袋のササキさんも連れてきた。 レイは何も言わなかった。 ダイチも、何も言わなかった。

「今日は、会議ではありません」

ミノルは、少し照れたように言った。

「ただ、みんなで地球を見るだけです」

地球を見る

窓の外では、地球がゆっくりと回っていた。 雲があった。 夜の街の光があった。 海が黒く、陸がかすかに光っていた。

そこには、彼らが出発した場所がある。 仕事を残してきた場所。 言えなかったことがあった場所。 帰りたい場所。 そして、少しだけ離れて初めて愛しくなる場所。

ダイチが言った。

「地球って、残高にできませんね」

レイは、横目で彼を見た。

「しないでください」

ダイチは笑った。

「しません」

MANGA SEQUENCE

笑いのあとに、
静かな時間が来る。

地球窓と青い惑星のポスター
PANEL 01

青い星。

近くに見える。 でも、帰るには全部の手順が必要だった。

「地球は、遠いですね」

地球窓の前で静かに立つ月森レイ
PANEL 02

何も解決しない夜。

でも、何も解決しなくていい夜もある。 台帳を閉じ、会議をやめ、ただ同じ窓を見る。

「今日は、見ているだけでいいです」

地球窓の前で静かに座る佐伯ミノル

QUIET CONVERSATIONS

地球窓の前では、
みんな少し正直になる。

DAICHI

星野ダイチ

いつも記録しようとする彼が、その夜だけは何も入力しなかった。 数字にできないものがあると、少しだけわかったから。

「覚えておくだけのものも、ありますね」

REI

月森レイ

地球では言えなかったことを、宇宙で言った。 でも、言ったあとにも人生は続く。 静かな夜は、その続きの始まりだった。

「言えたあとも、少し怖いです」

MINORU

佐伯ミノル

ひとりぼっちではない夜。 それでも、彼は枕司令官とササキさんを連れてきた。 自分を守ってくれた友人たちだから。

「今日は、みんなで見たいんです」

地球側も、
少し黙った。

黒川管制官は、通信を開いたままにしていた。 本来なら、状況報告を求める時間だった。 酸素、電力、軌道、通信、乗員状態。

でも画面の向こうで、三人が地球を見ていた。 だから黒川は、すぐには声をかけなかった。

「こちら地球。必要なときだけ、応答してください」

それは、管制官としては少し珍しい言い方だった。 でもその夜には、ちょうどよかった。

地球側のミッション管理局の通信コンソール

SCRIPT SAMPLE

第9話、
名場面。

SCENE

地球窓・消灯後

ステーション内の照明が少し暗い。 窓の外には、夜の地球。 三人と、枕司令官と、右手袋のササキさんが静かに浮いている。

ダイチ:「地球って、全部入りですね」

レイ:「雑な言い方ですね」

ダイチ:「でも、ほかに言い方が見つかりません」

ミノル:「枕司令官は、地球は大きな寝室だと言っています」

レイ:「それは違います」

黒川:「こちら地球。少なくとも、寝室ではありません」

静夜

MEMORY

それぞれの地球。

同じ地球を見ていても、思い出す場所はそれぞれ違う。 ダイチには、途中で止まったプログラム。 レイには、本当の名前を言えなかった部屋。 ミノルには、返事がすぐ返ってくる台所。

宇宙から見える地球は一つでも、 心の中の地球は、人の数だけある。

「みんな、別々の場所を見ているんですね」

宇宙ステーションから地球を見る静かな漫画アート
閉じられた宇宙銀行の台帳画面
NO LEDGER

台帳に残さないもの。

ダイチは、記録したかった。 でも、今夜のことを台帳に入れると、 何かが小さくなってしまう気がした。

だから彼は、端末を閉じた。

「これは、残高ではなく記憶です」

地球窓で少し寂しく、少し笑う宇宙飛行士たち
HEART

笑いは、
帰る場所を思い出すためにある。

Spaceman.co.jp はコメディです。 宇宙銀行も、エアロック横ATMも、枕司令官も、 ばかばかしくて、変で、笑える。

でも笑いの先に、いつも地球がある。 変なことをするのは、人が寂しいから。 冗談を言うのは、怖さを少し小さくするため。 みんなで笑うのは、一人ではないと確かめるため。

「宇宙まで来ても、人間は地球を持っているんです」

消灯時間

消灯時間になっても、誰もすぐには動かなかった。

黒川管制官も、通信を切らなかった。 地球側の会議室にも、しばらく静かな時間が流れた。

ミノルが、枕司令官を少し抱き直した。

「司令官が、そろそろ寝なさいと言っています」

レイはうなずいた。

「それは、いい命令です」

ダイチは、窓の外をもう一度見た。

「明日、台帳を直します」

黒川の声が届いた。

「明日でいいです」

その一言で、三人は少し笑った。 明日でいい。 宇宙では、それだけで救われる夜がある。

OFFICIAL NOTE

地球窓の夜について

本夜間観察は、会議、監査、残高確認、支部設立準備、 または宇宙銀行関連行為ではない。 乗員が地球を見て、少し静かになるための時間である。

「記録しなくても、残るものがあります」

NEXT EPISODE

次回、
オービット・ハウスは家になる。

Mission Log: 今夜は何も解決しなかった。でも、少しだけ帰る場所が近くなった。