EPISODE 05

地球からの監査。

宇宙銀行。エアロック横ATM。フリーズドライ苺先物市場。 右手袋のササキさん。すべてを見た地球側は、ついに正式な確認を始めた。

地球からの監査の表紙アート
MISSION LOG

地球側から、
一通の通知が届いた。

それは短い通知だった。 だが、その短さが怖かった。 長い説明も、冗談も、絵文字もなかった。

件名は、ただ一つ。

「宇宙銀行関連事項の確認について」

宇宙銀行の通知に慌てるミッション管理局

黒川管制官は、その通知を送るまでに三回深呼吸した。

最初は、宇宙銀行という言葉を見なかったことにしようとした。 次に、エアロック横ATMという表現を聞かなかったことにしようとした。 さらに、フリーズドライ苺先物市場という報告を、 食料管理上の冗談として処理しようとした。

しかし、右手袋のササキさんが「コンプライアンス担当」として 議事録に登場した時点で、黒川は判断した。

「これは、確認が必要です」

その言葉に、地球側の会議室は静かになった。 誰も反対しなかった。 反対できるほど、状況を理解している人がいなかったからである。

監査の始まり

オービット・ハウスに届いた監査項目は、五つだった。

確認事項
1. 宇宙銀行は実在するのか
2. エアロック横ATMは設備なのか箱なのか
3. 苺先物市場に参加者がいるのか
4. 酸素残高という表現を誰が使ったのか
5. 枕司令官に決裁権があるのか

ダイチは、監査項目を見て、静かに言った。

「一つずつ、誤解を解きましょう」

レイは端末を見たまま、少しだけ首をかしげた。

「誤解だけならいいですが」

ミノルは、枕司令官を胸の前に抱えた。

「司令官、決裁権あります?」

その場にいた全員が、聞かなかったことにした。

MANGA SEQUENCE

監査は、
表情から始まった。

宇宙銀行の報告に困るミッション管理局と法務担当
PANEL 01

地球側、沈黙。

誰も怒ってはいなかった。 ただ、分類できなかった。

「これは金融ですか、生活ですか、漫画ですか」

情報の正確性に関する注意を示すミッション管理局の書類
PANEL 02

最初の質問は、
一番むずかしかった。

宇宙銀行は存在するのか。 存在しないと言うには、残高を気にしている人が多すぎた。

「では、その“残高”とは何ですか?」

宇宙銀行の残高画面

AUDIT QUESTIONS

地球側の質問は、
どれも正しい。だから困る。

QUESTION 01

宇宙銀行は実在しますか?

ダイチの回答は「実在しません」。 ただし、乗員たちが残高を確認している事実はある。 そのため、地球側は余計に困る。

「実在しないが、利用者はいます」

QUESTION 02

ATMはありますか?

レイの回答は明確だった。 「ありません」。しかし、箱の前に人が並んだ記録が残っている。

「それは行列であって、ATMではありません」

QUESTION 03

苺先物市場とは何ですか?

ミノルは「冗談です」と答えた。 しかし、価格表がある。しかも、なぜか更新されている。

「市場ではありません。気分です」

宇宙銀行は、
金融機関ではありません。

黒川管制官は、まず一番大切な文章を作った。 それは、作品世界の中でも、地球側の法務でも、 たぶん必要な文章だった。

「宇宙銀行は実在の金融機関ではありません」

ダイチはうなずいた。 レイもうなずいた。 ミノルは、少し考えてから手を上げた。

「では、架空金融機関としては?」

黒川は、返答までに四秒かかった。

宇宙銀行は実在しないことを示す注意カード

SCRIPT SAMPLE

第5話、
名場面。

SCENE

地球側・監査会議

画面には、オービット・ハウスの乗員たちが映っている。 地球側の机には、厚い資料。 表紙には赤字で「未承認事項」と書かれている。

黒川:「まず確認します。宇宙銀行は実在しますか?」

ダイチ:「実在しません」

黒川:「では、なぜ残高一覧がありますか?」

ダイチ:「便利だからです」

レイ:「その回答は監査向きではありません」

ミノル:「枕司令官は、透明性が大事だと言っています」

黒川:「枕司令官の発言は、議事録に入れません」

監査!

DOCUMENT STATUS

監査資料

宇宙銀行 架空・未承認
ATM
苺先物 冗談・要注意
酸素残高 禁止表現
枕司令官 心理的支援・役職ではない
右手袋のササキさん 意外と有能
ミッション管理局で書類確認をする監査風景
宇宙銀行は実在の金融機関ではないという法務警告

法務部は、
静かに強かった。

地球側の法務担当は、怒鳴らなかった。 ただ、正確な言葉を一つずつ置いた。

「預金という言葉は使わない」

「融資という言葉も使わない」

「担保という言葉は、特に酸素と一緒に使わない」

ミノルは、小さくうなずいた。

「酸素は担保になりません」

地球窓の夜の静かな漫画アート
HEART

監査は、
怒るためではなかった。

黒川管制官は、ステーションの乗員たちを責めたいわけではなかった。 むしろ、彼らがなぜそんな仕組みを必要としたのかを知りたかった。

宇宙では、誰もが少し不安になる。 何を借りたか。誰に助けられたか。何を返せていないか。 それを見える形にしたかっただけなのかもしれない。

「残高ではなく、つながりを数えていたのかもしれません」

監査結果

監査の結論は、意外にも短かった。

監査結果
宇宙銀行は実在の金融機関ではない。
エアロック横ATMはATMではない。
苺先物市場は市場ではない。
酸素残高という表現は使用しない。
枕司令官は正式役職ではない。
ただし、乗員間の貸し借り記録は、共同生活の整理として有用な可能性がある。

ダイチは、最後の一文を三回読んだ。

「有用な可能性がある」

彼は、少しだけ誇らしそうだった。

レイは言った。

「よかったですね。銀行ではなく、生活改善です」

ミノルは、枕司令官を見た。

「司令官、生活改善です」

黒川管制官は、画面越しに小さく笑った。

「その表現なら、地球側も少し安心します」
OFFICIAL NOTICE

オービット・ハウス生活改善台帳

以後、宇宙銀行という呼称は非公式の冗談として扱う。 公式名称は「オービット・ハウス生活改善台帳」とする。 ただし、乗員が小声で宇宙銀行と呼ぶことまでは、現時点では禁止しない。

「禁止すると、たぶん余計に呼ぶためです」

NEXT EPISODE

次回、
酸素残高。

Mission Log: 監査は終わった。しかし、誰かがまた言ってはいけない言葉を言った。