黒川管制官は、その通知を送るまでに三回深呼吸した。
最初は、宇宙銀行という言葉を見なかったことにしようとした。 次に、エアロック横ATMという表現を聞かなかったことにしようとした。 さらに、フリーズドライ苺先物市場という報告を、 食料管理上の冗談として処理しようとした。
しかし、右手袋のササキさんが「コンプライアンス担当」として 議事録に登場した時点で、黒川は判断した。
「これは、確認が必要です」
その言葉に、地球側の会議室は静かになった。 誰も反対しなかった。 反対できるほど、状況を理解している人がいなかったからである。
監査の始まり
オービット・ハウスに届いた監査項目は、五つだった。
1. 宇宙銀行は実在するのか
2. エアロック横ATMは設備なのか箱なのか
3. 苺先物市場に参加者がいるのか
4. 酸素残高という表現を誰が使ったのか
5. 枕司令官に決裁権があるのか
ダイチは、監査項目を見て、静かに言った。
「一つずつ、誤解を解きましょう」
レイは端末を見たまま、少しだけ首をかしげた。
「誤解だけならいいですが」
ミノルは、枕司令官を胸の前に抱えた。
「司令官、決裁権あります?」
その場にいた全員が、聞かなかったことにした。