星野ダイチは、最初にその紙を見たとき、目を閉じた。
彼は宇宙銀行を作ったつもりはなかった。 ただ、貸し借りを整理するための台帳を作っただけだった。 それでも乗員たちは「残高」という言葉を気にし始め、 スナック、工具、通信時間、黒ペン、フリーズドライ苺が、 すべて小さな信用問題になっていた。
そこへ、ATMである。
「誰ですか。箱にATMと書いた人は」
返事はすぐに来なかった。 無重力の空間で、全員が少しずつ別の方向を見た。
収納箱は、収納箱である
月森レイは、箱を見た。 紙を見た。 もう一度、箱を見た。
「これはATMではありません。収納箱です」
レイの声は、いつも通り冷静だった。 その冷静さが、かえって状況の異常さを強くした。
佐伯ミノルは、申し訳なさそうに手を上げた。
「でも、みんなここで残高を確認しています」
その一言で、ダイチはさらに目を閉じた。 たしかに、乗員たちはエアロック横の箱の前で立ち止まるようになっていた。 正確には、浮かんで止まるようになっていた。
箱の中には、何も金融的な機能はなかった。 ただし、箱の上にはダイチのラズベリーパイ端末に接続するための 小さなメモが置かれていた。
1. ダイチに聞く
2. ダイチが嫌な顔をする
3. 端末を見る
4. 返していないものを思い出す
それはATMではなかった。 しかし、ATM的な空気が生まれてしまっていた。