星野ダイチは、怒っていたわけではなかった。 彼は怒る前に整理するタイプだった。
何が、いつ、誰から誰へ移動したのか。 その記録がないことが、彼には耐えられなかった。 宇宙ではすべてが浮く。ペンも、スプーンも、人の言い訳も。 だからこそ、記録だけは浮かせてはいけない。
「貸し借りを見える化しましょう」
その一言に、乗員たちはうなずいた。 うなずいた理由は、誰も本気で聞いていなかったからである。
私物のラズベリーパイ
ダイチの私物バッグには、小さなラズベリーパイが入っていた。 本来は音楽、読書メモ、地球で途中まで作っていた小さなプログラム、 そして退屈な夜のための個人的な実験用だった。
彼はそれをステーションの端末につなぎ、 簡単な台帳を作った。項目は四つだけ。 誰が、何を、いつ借りて、いつ返すか。
最初の記録はこうだった。
貸主:共有食料庫
借主:不明
返却期限:精神的に早め
その台帳は、あまりにも便利だった。 工具、テープ、通信時間、特別なコーヒーパック、 レイが大切にしていた予備の黒ペン。 すべてが記録されるようになった。
そして三日目、誰かが言った。
「これ、残高も見られるんですか?」
ダイチは言った。
「技術的には、できます」
その瞬間、宇宙銀行は生まれた。